「ごめん」 私の気持ちはその言葉で打ち砕かれたようだった。 ずっと私を優先してくれた彼が私に背を向けて去っていったのだ。 彼に渡そうとしていたチョコレートは床に落ちて無残に形を変えた。 それはまるで私の心を反映させているようで。 その時から私は彼への気持ちを封じ込めた。 苦しむのは…嫌だから。 「おっはよー!」 「…おはよ、!太輔」 家に出た時ばったりと幼馴染の太輔に会った。 心の動揺を気がつかれないように明るく振る舞う。 2年間、続けてきたんだ。 おかしい所は無い。自然だ…と思う。 「明日、バレンタインだなー!」 「だね!太輔、もらえる〜?」 「期待せずに待つことにした!」 にこにこ変わらず笑う太輔に私も笑みを返す。 明日は土曜日だけど、私たちは補習組で登校が決まってる。 土曜日の登校はめんどくさいけど…私の知らないところで太輔がチョコを貰うのは嫌だし。 なにより太輔に会えるのが嬉しいから…いいかな。 「はさ、やっぱり彼氏にあげる?」 「あー…、別れた、んだよね」 「え、なんで!?」 「ちょっと喧嘩しちゃった」 悲しんでいるように見えるようにわざとらしい笑みを作る。 単純な彼はすぐ信じてそっか、と呟いて私の頭を撫でた。(どきどき、する) 本当は太輔のことを忘れたくて付き合ったのだけど忘れられなくて辛かったから、別れたんだけどな。 「…もー!いつまでも子供扱いしないでよ!ってか同い年だし!」 太輔の手を振り払うと太輔は酷いッ!と騒ぐ。 そんな太輔を呆れたように見つめて先を歩く。 「…、冷たい…」 うぅ、とわざとらしく声を発してぽつりと呟く。(これもすべて太輔のせいなのに) 「俺はこんなにのことが好きなのに」 「ッ、…そ、れは好きな人にでも言ったらー?」 振り向いてにこ、と微笑む。 やばい、泣きそうだ。 嘘でも好きな人から好きなんて言われたらドキドキしちゃうんだよ。 でも嘘ってわかってるから、辛いんだよ。 太輔に表情を見られない様に携帯を取り出してメールを打つ。(なるべく、俯いて) 「あーでも明日チョコもらえなかったらどうしよー」 北山が勝ち誇った顔で見てくるんだよ!と一人語り始めた太輔。 本人は無駄に悩んでいるけどこいつがもらえないわけない。 昔からずっとモテていたのだから。 いろんな女に言い寄られる姿を私はずっと目の前で見てきたのだから。 多分、今年も多くの女が太輔に群がるのだろう。 「嫌、だな…。」 騒いでる太輔に気がつかれないように呟いた。 「はさ、藤ヶ谷にチョコあげないわけ?」 北山が頬杖をついて私に問いかける。 その口元はすこし孤を描いていてみるからに「面白そう」と思っている顔だ。 でも一番親身に相談に乗ってくれるのからよしとしよう。 「…北山には、話したじゃん」 ため息をついて少し俯く。 北山はまだ気にしてんのかよ、と呆れたように笑った。 2年前。 小さいころからずっとずっと好きだった太輔に告白しようと決心した高校1年のバレンタイン。 高校に入ってから以前の倍くらいモテ始めた太輔に焦っていたんだと思う。 いつか太輔に彼女が出来るんじゃないかって。 だから告白しようと思って頑張って作ったチョコレート。 綺麗にラッピングして、それを持って太輔のいる教室へと向かったんだ。 1人待っている太輔にチョコレートを差し出して気持ちを伝えようとすると太輔の口から出た言葉。 「ごめん、いらない」 そう太輔は伝えてさっさと教室から出て行ってしまったのだ。 頑張って作ったチョコレートも悲しみで床に落下してぐしゃぐしゃ。 ラッピングも、太輔に受け取ってもらえなきゃ意味もない。 一人私は教室で泣き続けたのだ。 …でも翌日、太輔には普通に接することに決めた。 太輔とこのまま疎遠になるほうが私には辛かったから。 「私が丹精込めて作った義理チョコをいらないなんていい度胸だよね。もうあげないんだからね」 と太輔の肩を叩きながら言うと太輔は笑ってくれたから。 当然苦しくて悲しくて、しばらく泣き続けたのだけど。 今、太輔と普通に接することができているのだから、それで良かったんだと思う。 「…だから、わたしはあげないよ?」 「でもさ、俺らもうすぐ卒業だろ?卒業した時絶対後悔すると思うんだけど」 「…別に、後悔しないし」 「卒業式も告白しないまま終わるわけ?そんなのだんだん接点無くなって話さなくなって、はい、おしまい。だろ」 「…」 「あげろよ。…せめて作って持ってこいよ」 「…でも、さぁ」 「明日まだ悩むようなら俺が食ってやるからさ」 にこ、と笑った北山は傍から見れば爽やかなのだろうが私はチョコ食べたい子にしか見えない…。 でも北山の優しさを感じた。(補習でもないのに明日来てくれるみたいだし) 「…ありがと、北山。私、チョコ作るね」 そう言うと北山は満足したように頷いて口角をあげて笑った。 放課後、いつもは太輔と帰るところだけど帰りにチョコの材料を買いたかったから先に帰ることにした。 「太輔」 「あ、帰る?」 「今日、ちょっと用事あるから先に帰っとこうと思って」 「…そっか!じゃあまた明日の補習でー!」 「はーい!サボんないでよねー」 いつもどうり笑いあって手を振って教室を出た。 何作ろうかな、とか頭の中でいっぱいだ。 翌日、何故か朝から胸が高鳴っていた。 怖い、って気持ちもあるんだろう。 もし、もしもまた、「いらない」って言われたら私は立ち直れないかもしれない。 でも、 「、おはよ」 「太輔、おはよう」 やっぱり私は太輔が好き。 大好き。 2年前、もうこの想いは閉じ込めておくと決めたけどやっぱり無理だよ。 2年分の気持ちが溢れだすように感じられる。 学校への道のり、太輔と他愛のない話をして心を落ち着かせる。 そうでもしないと今すぐに告白してしまいそうだったから。 「はよ、」 教室へ入って最初に目に入ったのは北山の笑顔。 本当に、来てくれたんだ。 「北山、おはよう」 「…で?」 「……決心付いたよ」 にっこりとわらうと北山もふわり、と笑った。 太輔は軽く首を傾げて私たちを見ている。 そんな太輔に視線を移して口を開く。(もう心臓がばくばく) 「…太輔、ちょっといい?」 「…何?」 「隣の教室に行かない?話あるの」 「うん」 鞄も持って太輔と教室へ移動する。 先生が来るのはまだ時間あるし、大丈夫だよね。 「何ー?」 「うん…。これ、なんだけど」 鞄からそっとラッピングしたチョコを取り出すと、 さっきまで笑顔だった太輔の顔が無表情へと変わる。(やだ、こわい) 「あの、わたし「…ごめん、いらない」 静かな空間。 太輔ははっきりと言い放った。 太輔は申し訳なさそうに目を伏せて私に背を向ける。 ちょっと、ねぇ。…待ってよ、 「なんで、…ッ受け取ってくれないの…ッ!?」 他の女の子からだったら笑顔で受け取るくせに。 「何、そんなに、私、…のことがッ嫌いなわけ…ッ!?」 泣きだした私に驚愕の表情を浮かべる太輔。 それでも、太輔は俯いてでも、と言う。 「…ッ頑張って、作ったのに」 昨日も、2年前も。 「なのになんで…ッいらないとかいうわけ!?」 馬鹿!、そう言おうとしたら太輔が顔を勢いよくあげて口を開いていた。 「の義理チョコは欲しくないんだよ!!!!!!」 「…ッ、な、にそれ…!そんなに嫌い、なんだ」 怒りとか通り越して寂しくなった。 そんなに嫌われてたんだ。 心の中で再確認するとますます涙が溢れていく。 じゃあ、もういいよ…と呟いて鞄を掴む。 もうやだ。 最悪。…帰ろう 「…ごめんね、キモかったよね?…もうやめるから。」 それだけ伝えて太輔の横を通り過ぎる。 …本当に本当に、好きだったのに。 ずっと嫌われてたんだね…。 「ッ、だから…俺がから貰いたいのは本命のチョコなんだよ!!!!」 動かしていた足が止まる。 …え? …え? 今、何…て? 「今も2年前も…いらないって言ったのは義理チョコってわかってたからだよ…!」 振り向くと太輔は苦しそうに顔を歪めていた。 …ねぇ、太輔。 それって、何? ちゃんとした…、 ちゃんとした言葉が欲しいよ―…。 「…ずっと、好きだったのにいつも義理だから…嫌だったんだよ!」 「…太輔、」 私たち、ずっと両想いだったんだ…。 なのにお互い、勘違いして、 「じゃあ、さ…うけとってよ」 先程いらない、と言われたチョコだけど。 太輔の前に突き出す。 太輔は拍子抜け、みたいにへ?と声を発した。 「…本命、欲しいんでしょ?本命だよ。…今度こそ、受け取ってよ」 照れ隠しにぶっきらぼうに言うと太輔はみるみるうちに笑顔になっていく。 「え、嘘、…あ、でも俺…2年前…」 「私、いっぱい泣いたんだから、ね」 「で、も…はずっと本命は…きた、やま…だと、」 驚きのせいかしどろもどろで言う太輔。 でも私が太輔だよ、と言うとでも、とか言いながらもにやける口元。 「…うっわ、やばい…。嬉しすぎる…ッ」 最終的にしゃがみこんで手で顔を覆う。 「ってか俺…勘違いして傷つけてたんだよな…」 最悪じゃん、と自分を責める太輔の目線に合わせるように私もしゃがみこむ。 「…太輔がこれからも隣にいてくれるのなら、…許してあげてもいいけど」 顔が真っ赤だろう私の顔を見て太輔は笑って私の頬に手を添えた。 「これからもずっと、傍にいるよ」 その言葉の直後に私が言った、すき の2文字は照れ隠しであろう太輔のキスに溶けていった。 その後、チョコレートを口にした太輔は 「誰から貰ったのより嬉しいし、おいしい」 と笑ってまた唇を重ねた。 口内に広がる甘い味と太輔の唇の感触。 唇を離して見つめあうと 「補習なんて、出ないよな?」 と意地悪く笑った。 今日は離さないで、と頬にキスをすると今日からずっと離さないから!といとおしそうに抱きしめてくれた。 ねぇ、太輔、来年からは断らずにすぐ受け取ってね? 想いがぎっしり詰まった、貴方へのチョコレート。 TOP |