雨に打たれながらも、あの子を必死に探す君が、私…大好きだったんだ。

他の女の子の為…だけれど、一生懸命にひたすらな君に私は確かに、恋していたんだよ。




…ッ!!」


「剣、人?どうしたの!?こんな夜遅くに…。びしょびしょじゃん!タオル…!」


「そんなのいらねぇ…!」


「…どうした、の?」


「眼鏡うどん、どこにいるかしらねぇか!?」


「メイ…、?」


その時、一瞬で私の心は冷え切ってしまうのを感じた。

雨に濡れながら、震えながら、自転車を漕いでメイを探す剣人は、必死だった。

こんな夜遅くに、私を訪ねてきてくれた事が嬉しかったのに。

剣人の想いはもちろん、前から知っていた。

ただの喧嘩友達じゃなくて、好きな女として…メイを見ていることは。

私だって、剣人を見ていたし、好きだった。

だから剣人の淡い恋心を知った時、見守ってあげよう、と強く思った。(好きな人、だからこそ)

けれど、やっぱり虚しくなるものなんだね。

―――…剣人が私の家に訪ねてきてくれる時は、メイ絡みってこと。


「…メイ、は知らない…。」


「そっか、」


「剣人、」


「、なんだよ」


また、メイを探しに行くの?

…そんな事、聞かなくても分かってる。

やめなよ、なんて止めたって剣人は振り切って行ってしまうって。

だから、この言葉は言わないでおく。

その代わり、手伝ってあげるから。


「私も、メイを探す」


「何言ってんだよ!もう暗いし、雨振ってんだぞ!?」


「それは剣人だって同じ状況でしょ?私も探したい!」


「…でもお前は女だし、」


そんな、私を気にしてくれる言葉に胸がきゅんとなる。

私のことを、考えてくれる剣人の優しさにじわじわ、また体温が上がる。


「…私だって、メイが心配だよ。」


…。ッ、分かったよ。ほら、早く自転車もって来いよ」


「うん。」


私はタオルと傘を袋に詰めて、自転車を持ち出す。


剣人。

私ね、メイが大好きだよ。

だから、メイの事心配なんだ。

…でもね、メイよりももっと、剣人のことが、…心配だよ。


「ッし、行くぞ。」


「うん」


行ける所は回った。

学校だって、同級生の家だって、全部全部回った。

けど、メイはいなくて。


「ッ、メイ…。どこにいるの…?」


悴んだ手を擦りながら辺りを見渡す。

すると剣人がもしかして、と呟いて自転車を漕ぎ出す。


「剣人、!?」


数秒遅れてから、急いで私も漕ぎ始める。

けど、暗闇に剣人の背中はすぐ溶けて行って、すぐに私は剣人を見失ってしまった。



「…剣人…、メイ、…どこなの?」


ぽつり、と呟いた時、ある場所が頭の中に浮かんだ。


「…もしかして、メイの家…」


呟きと同時にぎゅ、と逆方向へと自転車を走らせる。

早く、早く行かないと…。

足が壊れるんじゃないかって程強く、早く、自転車を漕いだ。

早くしないと…きっと、また私はあの剣人を見なきゃいけなくなる。


「剣人…ッ」


メイの家についたとき嗚呼、遅かった。と静かに足が地面についた。

焼け焦げた残骸の中心に座って、メイは静かに泣いていた。

その隣にいるのは…剣人の兄、理人さん。

その2人を静かに見ている、剣人。

私に背を向けていて、表情は見えない。

私は静かに自転車を地面に倒して傘と、タオルが入った袋を手にもつ。


「けん、と」


出た声は消え入りそうなほど小さくて、掠れていた。

その声に剣人はゆっくりと振り返る。(やだよ。見たくない)


「…、」


ほら、

貴方はそんなにも悲しそうな顔をしている。(それが私を悲しくさせる)

あの時と、同じ顔。

…メイが、聖ルチア女学園に転入が決まった時も、そんな顔をしてたね。

私が声をかけたとき、口元で一生懸命笑みを作って誤魔化したけど。

私には、多分、私だけは分かっていたよ。

悲しかったんだ。

大好きな人が…遠くへ行ってしまう事が。


「剣人…。無理、しないでよ」


(せめて、私の前では)


「無理、なんてしてねぇよ」


ぽつり、と呟く剣人にゆっくりと傘を差して、剣人の上に降り注ぐ雨を遮断した。


「剣人、」


冷えた体を包み込むように、剣人を抱きしめた。

剣人はただ黙っていた。

いつもだったらきっと振り払って文句でも言ってくるんだろうな。

ごめんね、剣人。

今はこのまま…抱きしめさせて。

貴方の冷えた体も心も、全部全部…温めてあげたい。

無理だと、わかっていても。

今だけは…私に温めさせて欲しいよ…。


「…は、だけは…俺の事見透かしてるよな。…いつも」


「剣人のことは、すぐわかっちゃうみたい。(…好きだから)」


「…、」


「今は、泣いてもいいんだよ。私の前では、悲しみを曝け出していいんだよ」


「……別に、悲しくねぇよ」


「強がり」


「うっせぇよ…。」


ふふ、と笑えばふっ、と笑う声が聞こえる。

私は体を離して剣人を見る。


「…帰る、か。」


そう呟いたのは剣人。


「…メイは、…いいの?」


「あいつに、任せときゃいいだろ」


そう行って自転車を押して歩く。


「そっか」


私もゆっくり自転車を押して歩く。

剣人、いいわけないでしょ?

ほら、また2人のほうを見る。

さっき言ったばかりじゃん。

…剣人のことは、分かっちゃうんだよ。


「   剣人     すき」


その声は土砂降りの雨音で掻き消された。

…雨が振っていて、本当に良かった。

涙か雨か、区別がつかなくなるものね。







涙雨に身を任せて






数日後、剣人は執事になると言って聖ルチア女学園へと向かった。

剣人の背中を見送ってまた、涙を流した。


(さよなら、大好きな人。貴方も遠くへ行っちゃうのね)




(090116)