一言でいいから、たった、一言。
まだ、君が俺を想っているという証をください。
俺はまだ、忘れることが出来ない・・・。
『宏光・・・ッ私、・・・もう、駄目みたい』
そのときの彼女は、暗闇に溶けてしまいそうなほど弱々しく、悲しかった。
消えそうな彼女は、そのとき確かに儚く泣いていた。
俺が名前を呼んでなるべく、やさしく声を掛けると漏れる嗚咽の間から一生懸命声を出した。
『親、・・・ッが、歌なんて、やっちゃ・・・いけない、って』
『・・・私、――遠くの、ね・・・全寮制の学校に転校、するんだ・・・』
『ひろが、・・・いるから・・ッ・だって・・・だから、』
―――もう駄目なの、
そういう彼女の口がひどくゆっくり動いているように見えた。
月明かりに照らされてやっと見れた彼女の顔は今まで見たどんな表情よりも痛々しく、脆かった。
彼女を抱きしめようと手を伸ばすと、彼女はそれを拒み「ごめんね」と呟いてその場を立ち去った。
「・・・、」
「・・・ま、きたやま、北山!」
ばち、と目を開けると藤ヶ谷が眉に皺を寄せて俺の頬を突いていた。
「―――・・・楽、屋、?」
「は?お前本当に大丈夫!?さっきも魘されてたし・・・。」
「・・・あー・・・・・・いや、昔の夢、見てただけ」
「『』の夢?」
「は!?何でお前、」
「いや、今呟いてたから」
「・・・あっそ。」
「で?『』って誰ー?」
「・・・・・・別に、」
ふーん?と藤ヶ谷は軽く首を傾げながら千賀の所へ向かった。(また無茶振りされてるし・・・。)
こういうとき藤ヶ谷は優しいって思う(本当ごくたまに)
深く追究しようとしない。それは俺にとって嬉しいことだ。
それにの事を周りの奴等にほいほい言いふらしたくもねぇし。
「・・・ってか何で此処いんだっけ」
「は?バックで踊るんだろ?宏光大丈夫?」
近くで携帯ゲームをしていた二階堂が俺のほうを向いて答える。
・・・あ、そうだ、俺たちは今日、音楽番組にでる先輩のバックで踊るんだっけ。
久しぶりにの夢見たから頭なんか良く働かねぇや。
「ってかさー今日リハーサルのとき出演者一人足りなかったよな?」
「あー確か今日テレビ初登場で、メジャーデビューする?」
「結構珍しいよなー」
何時きたのかわからないA.B.C-Zの奴等も騒いでいた。
確かに、一人足りなくてそのマネージャーが平謝りしてたっけ。
「どんな人なんだろーなー」
「あ、そいえばこのテレビで見れるんじゃね?生放送だし」
「いーじゃん!つけよー!」
テレビの周りに大勢群がっていてテレビの近くに行く気が起きなかったから、
机の上にあったとっつーのワンセグ携帯を手にとってテレビを見る。
無断だけどとっつーなら許してくれるだろ。
ちょうど司会者の人が名前を呼ぶ。
初めて聞く名前だ。
「あ、この人じゃん!?いなかった人!」
確かにリハーサルにはいなかったな。この人。
綺麗な花が添えられている、真っ白なハットを深く被っていて顔は見えない。
同様に真っ白なドレス風のワンピースはシンプルでモチーフなどはなくて。
彼女が歩くたびに膝より少し長い裾がひらりと揺れる。
同じようにステージも真っ白でそこに足を踏み入れた彼女はそこに溶け込んだようで、。
〜〜〜♪
メロディが流れ出す。
彼女はそれに身を任せるように体を軽く揺らす。
見える口元はうっすら笑みを浮かべていて。
「・・・?」
その姿は、と錯覚させた。
の歌う姿なんて、何回も見てきた。
今、画面いっぱいに映っている彼女はまるでで、。
『歌は・・・ッ、もう、歌えない』
の声が脳裏に響いた。
そうだ。は歌うことを止めるように余儀なくされたんだ。
気のせいだ。
・・・そう思っていても心のどこかででいて欲しいと願ってしまう。
―――― 貴方が言っていたことを、叶えてみようと思った ――――
彼女が歌いだしたとき、心が鷲掴みにされたようだった。
―――― ねぇ、貴方はもう忘れたかな、ちっぽけな約束 ――――
『いつか、俺のために歌作ってよ』
俺がに言った言葉。
は「作るよ、約束ね。」と嬉しそうに笑ったんだ。
俺たちの約束。叶うはずもないと思ってた、・・・ちっぽけな、約束。
「嘘、だろ?」
否定してみたって、想いは変わらない。
俺は、彼女を知っている。
そう思ったとき、画面の中の彼女がハットを投げ捨てた。
やっぱり、映った顔は俺の長年思い続けた、愛しい顔で。
「」
胸から何か溢れだした様だった。
高鳴る心臓。
握り締めた手の平からあの頃のの温もりを感じたみたいだった。
見入るように画面を見る。
でも携帯のワンセグなんて小さな画面じゃ足りなくなって、群がる奴らを掻き分けてテレビを見る。
さっきよりも綺麗に、大きく写るの瞳からは涙が零れていた。
なあ、。
期待してもいいよな?
はまだ――・・・俺のこと、
気が付いたら歌は終わっていた。
は手をゆっくり下ろしてカメラを見る。
ブラウン管ごしに合う視線が俺の胸をときめかせた。(その瞳は、変わってなくて、)
「ひろみつ」
そう、確かに呟いた。
声は出ていなくても、確かに俺には届いた。
あの時も、こんな状況だったかな。
別れのとき、電車が発車するときに、が呟いた俺の名前は、
声こそは出なかったけど、確かに俺に届いていた。
「私はまだ、貴方のことを愛してます」
・・・今すぐステージに乗り込んで抱きしめたかった。
その言葉を、ずっとずっと、聴きたかった。
俺がを愛しているというように、も俺を未だ愛しているという証が、ずっと欲しかった。
「やっと、聞けた。」
騒いでいる奴らをもう一度掻き分けて俺は走っていた。
「北山、!次出番だぞ!?」
藤ヶ谷の焦った声が聞こえたけど足を止めなかった。
藤ヶ谷、悪い。
でも、止まれそうもないんだ。
手の届くところに、長年の大切な探し物があるんだ。
・・・今しか、ないんだ。
何分走ったか分からない。もしかしたら数秒かもしれない。
俺は、の楽屋の前にいた。
一回、息を吐いて扉を一回、叩く。
少しして足音が聞こえた。
この扉の向こうにが、いる。
扉が、開いた。
「え、?」
は涙を流して、俺を見つめた。
が今、目の前にいる。
ずっと捜し求めてた人が、。
俺は微笑んでを見つめた。
「 ひろ」
俺の名前を呼ぶ愛しい声。
この響きが、俺の心を安らげる。
「・・・、」
俺が名前を呼ぶとは軽く俯いて愛しそうに口元を緩める。
「伝わった」
無意識に赤くなる頬を見られたくなくて抱きしめた。
の鼓動を肌で感じて、また実感した。
やっと、見つけた。
最愛の人。
ずっと触れたくて、笑顔を見たくて・・・。
「あいしてる」
その言葉を伝えると俺の頬を涙が伝った。
は優しく俺の頬を撫でて涙を拭った。
やっぱり俺は、お前がいないと駄目だ。
もう、この腕を離したくない。
ゆっくりと唇を重ねる。
涙のしょっぱい味がした。
絡み合う指先と、暖かいぬくもりが、あの時と違う。
これから始まる2人の未来に2人で笑い合ってもう一度深く口付けた。
「永遠に一緒に居よう。」
、もう離さないからな。
これからも、俺のために歌い続けてくれるよな?
愛の歌
は
永遠に
(090106)