一度でいいから、俺だけを見て。





10月4日。
時計は真夜中の1時を指している。
少し躊躇いながらも、携帯を手にする。
でも、あいつの電話番号を押す事は無く、携帯を閉じた。
無理に、決まってる。
今日は、今日だけは。
あいつにとってどんなにこの日が重要か、分かってる。
そんな気持ちとは裏腹に、俺の足はあいつの家へと向かっていた。


駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ―……。



嗚呼。後戻りが、出来ない。

―・・ガチャッ。

音をなるべく立てないように、ドアを開ける。
光が灯っているほうへ、足を運ぶ。

「あ、かにし……?」

「よぉ」

予想通り目を見開き、こちらをむいた。
テーブルの上には、ケーキの材料。

「どう・・・したの?」

そういいながらケーキの材料をすばやく冷蔵庫の中へと詰め込む。

「今日、泊まっても良い?」

「え…。」

「良いだろ?」

「…駄目…。今日は、駄目って赤西、知ってるでしょう?」

「上田の誕生日だもんな。」

「ッ…」

冷蔵庫に詰め込まれたケーキの材料も、
綺麗にラッピングされた袋の中身も、
机の上に置かれている手紙も、
全て、上田の為のもので。
きっと今から、ケーキを作る予定だったんだろう。
プレゼントは、上田の為に何時間も悩んで買ったのだろう。
手紙だって、何度も書き直してやっと、書き終えたのだろう。
上田の為に。上田を想って。

「…止めろよ」

「え?」

「なんで、上田のためにそこまでやるんだよ?」

「・・・だって、」

「もう、死んでる奴の為になんでそこまでするんだよ!?」

言ってはならない、禁断の言葉。



「竜也は…っ!」

「こんな事したって上田は帰ってこねぇんだよ!!!」

「―……言われなくても、分かってるわよ…。」

そう言って俺の体を強く押した。

「帰って。」

「嫌だ。」

この日だけは、1人で居るって、決めてんだろ?
誰とも一緒に居ないって、決めてんだろ?
今日だけは、誰の温もりも求めないって、決めてんだろ?

「帰ってよ…。」

「嫌だ。」

「帰ってって言ってるの!!!!帰ってよ!!!」

「今日だけ、俺の我侭聞いて……。」

「何で今日なの…ッ?!今日は駄目。駄目よ…。」

弱々しく胸を叩いてくる彼女の手を強くつかんで、キスした。

「!?…ッ……。ふ…っ」

唇を離さないまま、床に押し倒した。

「…んぅ…ッ…ヤ…ダ…ッ嫌…ッ!」

いつもは受け入れるその行為を今日は拒んだ。
叩かれた頬がやけに痛む。

零れ落ちる涙を、拭ってやれない。震える手を、握ってやれない。恐がるお前を、抱き締めてやれない。
今日は、お前に優しくする事が、出来ない。

「ごめん、な」

「赤西…ッ止め」

言い終わる前に深くキスした。






「お願いだから―――…………………………俺だけを想って」






俺の瞳から、涙が零れる。



永遠に叶わぬ願い
(俺じゃ駄目だと、誰かが言った)