声が嗄れるまで、貴方を想って歌い続けると云ったなら、貴方はどう思うでしょう。
宏光、貴方はもう、私なんて忘れたのかもしれないけれど、私は今でも貴方が好き。
大好きよ、宏光。
『お前の歌、俺すごく好き』
そう言った宏光の顔が頭に焼きついている。
笑った顔も、心地よい低い声も。総て。
「宏光」
そっと、優しく触れるようにその愛しい単語を口にする。
周りの人に気が付かれないように、呟く。
その名前を呼ぶだけで心が一気に満たされる。
宏光、私、貴方を想って歌うの。
あの日、あの時、離れ離れになってしまった私たちだけど。
私は貴方のこと、今でも想い続けているの。
この想いを、貴方に聞いて欲しい。
『いつか、俺のために歌作ってよ』
冗談交じりに言って、抱きしめてくれたあの温もり、片時も忘れてはいなかった。
宏光にとっては何気ない言葉だったのかもしれないけど、私にとっては大きな約束。
宏光、私、宏光のために作ったよ。
だから今、此処で歌うよ。
愛しい貴方に向けて。
「宏光、聞いててね」
司会者が私の名前を呼ぶ。
私はゆっくり立ち上がってステージへと足を進める。
不安だとか緊張だとか、そういうものは一切無かった。
ただ、この込み上げてくる愛しさに、胸がいっぱいいっぱいだった。
宏光は今、仕事かもしれない。私なんてもう、なんとも思ってないかもしれない。
でも、宏光が見てくれるような気がする。宏光が今、テレビを見て、「、」って呟いてくれるような気がする。
だから、此処で歌える。
離れ離れになってしまった私たちだけど。
貴方を想う気持ち変わらない。
溢れ出る愛しさを胸に私は歌うよ。
あの日、貴方が言った何気ない一言が私の支えになっていた。
ちっぽけな私が歌う歌だけど、貴方への大きな愛情を込めて歌うんだ。
だから、聞いててね。 愛してるよ。
大きな拍手と歓声に私は気が付いた。
私は・・・、涙を流していた。
宏光と過ごした日々が頭を駆け巡って。
ねぇ宏光、見てたでしょう?
見ててくれたよね・・・?
私はまだ宏光のこと大好きなんだよ。
宏光に宛てた歌だって解ってくれたよね?
「ひろみつ」
ぽつり、と呟いた名前。
声は出なかった。
ただ口が動いただけ。
それでも充分だった。
ずっと夢見てた。
いつかステージに立って、宏光の名前を口にするんだって。
離れ離れになったあの時。
あの時も声にならなかった名前を呟いて、私たちは別れたんだ。
最後のキスは涙味で、ガラス越しに重ねた手は冷たくて。
叫びたくても叫べなくて、結局嗚咽が漏れただけだった。
・・・でも、今ならちゃんと言える。
宏光。
「私はまだ、貴方のことを愛してます」
零れる涙を拭って精一杯微笑んだ。
歌の最後のフレーズのようなその言葉に、観客は涙した。
鳴り止まない拍手と歓声を背に、ステージから降りた。
一旦楽屋へ戻ろう、そうマネージャーが告げた。
私は未だ高鳴っている胸に手を添えて一人で楽屋へと向かった。
楽屋へ戻ると私は泣き崩れた。
溢れる涙の理由なんて、わかっていた。
「、宏、光・・・ひろみつ、ひろ・・・ッ」
愛しい人の名前を何度も呼んだ。
唇を噛み締めても、掌を強く握り締めても涙は止まらない。
頭に浮かぶのは宏光の笑顔。
「宏光・・・ッ、」
縋る様に名前を呼んだ。
そのとき、扉が一回、叩かれた。
「・・・、ひろ、みつ?」
無意識に呟いてから、自分を笑った。
夢を見すぎだ。
きっとマネージャー。
私が遅いから心配でもしてくれたのだろう・・・。
私はタオルで涙を拭いながら扉を開けた。
「え、?」
時が、止まったような気がした。
頬を伝って落ちる涙を拭うことすらできなくて。
高鳴る体が私を支配していく。
嘘、そう呟くことも出来ずに。
私は目の前に居る人間を見つめていた。
その人は私に微笑みかけた。
その笑みは、ぜんぜん変わっていなくて、私の心をときめかせた。
「 ひろ 」
その言葉しかいえなかった。
色々と、聞きたいことがあるのに。
色々と、言いたいことがあるのに。
それを言おうとする口は震えて、私が話すのを阻止していた。
「・・・、」
私を呼ぶ愛しい声。
あの頃からずっとずっと、好きだった。
宏光が呼ぶ私の名前。
ずっとずっと、寂しかった。
会いたくて会いたくて・・・。
どれほどの涙を流したのだろう。
「伝わった」
宏光は嬉しそうに、照れたように笑って私を抱きしめた。
それだけで、私の心は満たされたように熱くなった。
この為だけに、私は今まで頑張ってきたんだ。そう強く思った。
何年も、歌い続けた。
辛くて、挫けそうにもなった。
それでも、その辛さはいつか幸せに変わると信じて、諦めなかった。
宏光。すべて、貴方を想って・・・。
「俺も、のこと・・・愛してる」
「・・・ひ、ろ・・・みつ・・・。」
「お前を忘れたときなんて、片時も無かった」
そう言って落とした甘いキスはあの頃と同じ涙味だった。
宏光の涙が、私の涙が、愛し合っていると実感させてくれる。
あの頃と違うのは、絡み合う指先と、お互いの温もり。
やっと、会えたね。宏光。
あのときが、別れだと言うのなら、これはきっと私たちの始まり。
あの頃、2人で誓い合ったようにもう一度誓おうか。
「永遠に一緒に居よう。」
もう、離さないでね。
私は貴方を想う愛の歌をこれからも歌い続けるから。
愛の歌は
終わりを
知らない
(081224)