『別れよう』

半年前、そう彼女に告げた俺の声はひどく冷淡だった気がする。
彼女はただ、泣いて俺に縋った。
「嫌だ」そう言って涙を零す彼女がたまらなく痛々しかった。
大切で、最愛の彼女を俺は突き放してしまった。

「―――

あの選択を選んだときから俺は、後悔ばかりだ。
できることならもう一度君を抱きしめたいのに。
手を伸ばそうとする度に君の涙が浮かんで、結局手はいつも空を切る。
ごめん、なんて言葉じゃ許してもらえないのは分かってる。
でも単純で馬鹿な俺はこの言葉しか浮かんでこないんだ。
本当に、ごめん………。



。これが、YOUの彼女?」

ジャニーさんに呼び出された俺はその言葉を聞いて驚いた。
ジャニーさんは俺と が写っている写真を手にしていた。

「な、んで…」

「パパラッチから送られてきたんだよ。」

「何で俺なんかの写真を…?」

「君たちのグループとA.B.Cにはまだ話してなかったケドね、―――ファーストコンサートが決定した。」

何を言ってるのか理解ができずに一瞬頭が真っ白になった。
ファースト、コンサート…?

「俺、たちの…、ですか?」

「ああ。話は少し読めてきたんじゃないかな?」

ファーストコンサート   彼女 パパラッチ 写真 …。

「もしかして…」

「ああ。率直に言うよ。彼女とは別れたほうがいい」

「…ッ」

「これから注目される君たちをパパラッチなどは目をつけているんだ。
こんなチャンス、滅多にないことはYOUも分かっているだろう?週刊誌にでも載ったらメンバーにも迷惑をかけると思わない?
仕事や、仲間とファン。たった一人の彼女。大切な重さくらい、YOUも分かるだろう?」

「でも・・ッ俺は!」

「YOUは入所日も早かった。それだけに、たくさん見てきただろう。
後輩たちがデビューしていく姿。もう10年にもなる。ここで選択を間違えないほうが良い。」

握り締めた拳が震えた。
どちらか選べと、ジャニーさんは言っている。
こんな究極の選択、ほかにあるのだろうか。
震える体を落ち着けようと瞳を閉じた。



『太輔』



――――
俺の大切な人。かけがえのない人。
俺の隣でいつも笑って勇気付けてくれた、愛しい彼女。
手放したくない。傍に居たい。離れたく、ない。
―…でも、でも、 を選んだら、どうなる?
俺を支えてくれた仲間。俺の存在場所を与えてくれた仕事。俺を温かく迎えて、応援してくれたファンの皆。
すべて裏切る。
俺は、このすべての人に感謝している。
大切な重みは一緒だ。どれも大事で、どれも大切。
―――でも、規模が違うんじゃないのか?
何万、何十万人と、たった一人の愛しい彼女。
俺は多くの人の笑顔を見るたびに笑顔になれた。
応援してくれる声援にたまらなく感謝した。
裏切るのなら。悲しませるのなら。
少ないほうが良い。
俺は、多くの人に恩を返さなくてはならない。
ここで、間違ってはいけない…。


「―――…別れます。」



…ごめん。
―――……さようなら。





その半年後、俺たちは無事にコンサートを開始できた。
追加公演も決まった。
幸せだった。嬉しかった。
でも俺の心はいつもぽっかりと穴が開いたようで、堪らなくもどかしかった。
会いたい。
会いたい。
込み上げる感情をどうにかしたかった。
突き放したのは俺のほうなのに、俺は君のことばかり思っている…。
なんて馬鹿な男なんだろう。



ある日、テレビの収録に向かう途中だった。
信号で立ち止まっていて、ふと前を見たときだった。

「―… 、」

反対側の道路に はいた。
心臓が高鳴る。
半年振りに見た彼女は驚くほど綺麗になっていた。
肩までの長さの暗めの茶髪は伸びていて、綺麗な黒髪になっていた。
ゆるくパーマをかけていた髪はストレートになっていて風で靡いている。
背筋を伸ばして凛としている彼女の姿はとても美しいと思えた。
彼女は今、前を向いて自分の道を進んでいると思えた。
俺はこんなにも のことを想って後悔ばかりなのに。
自然と足が から離れていった。
今更都合よく話しかけるなんてことができない。
の進む道を阻むようなことをする勇気がなかった。
込み上げてくる涙を堪えて彼女が気がつく前に立ち去った。

俺がまだ君を愛しているといったら君は今更、と蔑んで笑うのだろうか。
君とのペアリングは俺のポケットの中で輝き続けているんだ。
指にはめる事はできなくても。
と繋がってる唯一の証。
君の指輪は、どこにありますか?
俺はまだ前に進めそうにないんだ。
君の姿を見るだけで心が壊れそうになるのだから。



Kis-My-Ft2、A.B.C-Zの奴らとコンサートのこととか将来のこととか語り合っていて遅くなった。
真っ暗な空。
人通りが少ない通り。
俺は誰にも気付かれる事なく家へと向かっていた。
一人になると頭に浮かんだ。
の顔。
自分で手放した癖に堪らなく悲しい。
もしもう一度会えたのなら。
君を力一杯に抱きしめたい。
溢れる想いを止める術が分からなかった。
君の笑顔が意識の中でだんだんぼやけてくる。
最後に浮かんだのは君の涙だけだった。
そのとき、目の前を歩いていた女の人にぶつかった。
俯いていて顔は見えない。
嗚咽が聞こえて、泣いているんだと悟った。

「すいません」

心臓が大きく跳ねた。
聞き間違えるはずはない。
この声。
頭を下げて前を進む女性。
振り返ってもう一度見る。
長い綺麗な黒髪。
右手で左肩を掴む癖。
嗅ぎ慣れていた甘く、少しスパイシーな大人な香水。
―――…

「待って、」

気がついたら声を振り絞っていた。
もう、この気持ちは抑えられないと実感した。
雑音でかき消されてしまったかもしれない。
でも彼女の肩が小さく揺れたのを見た。
それでも振り返ってはくれない。

「待って…!」

お願い。振り返って。
今更都合が良いなんてことは分かっている。
でも、止まらない…。
伝えたいんだ。
この気持ちを。
好きで好きで好きでしょうがないんだって。

…ッ!」

愛しい彼女の名前を叫んだ。
肩がまた揺れた。
でも彼女はなにも知らない、とでも言うように涙を拭って足の速度を速めた。
離れていく背中が悲しくて、手を伸ばした。
空を切らないように。
彼女を見失わないように。
あと、数センチ。

、」

びくり、と震えた体を包み込むように、でも力一杯、抱きしめた。
半年振りに抱きしめた彼女の体は痩せていた。
そのときに思った。
彼女は前に進んではいなかったんじゃないか。
ばれない様に凛と立ち振る舞って、一人のときにこうやって涙を流していたのではないのか。
嗚呼、ただの自惚れかもしれない。
抵抗する彼女の指には指輪などないのだから。
逃げ出そうとするように暴れる彼女をもっと引き寄せる。
縋るように力を込めた。

「太、輔…ッ」

俺の名前を呼ぶ彼女を手放したくないと再び感じた。
彼女が俺の名前を呼ぶだけで世界の色が変わって見える。
心が熱を帯びたようだ。
愛しい彼女の顔を見たくて、ゆっくり離して向き合わせた。


不意に一粒、涙が零れた。
彼女の首にかかっているネックレス。
紛れも無く俺があげたペアリングだった。
彼女の胸で輝きを放っていた。
まだ の所にあるとは思ってなかった。
嬉しくてまた涙で目の前が滲んだ。
俺はいつからこんなに弱い人間になったんだろうな。
に触れるだけで胸が張り裂けそうで。
指輪の行方が分かった途端、涙が溢れる。
といる一瞬一瞬で感情が左右される。
嗚呼、これも恋と言うんだろうか。
そんな恋を捨てた俺は本当にどうにかしてた。
きっと半年前、選んだ選択は間違っていたんだ。
いや、どちらかを選ぶという問題こそが間違っていた。
両方大切だから。
両方かけがえの無いものだから。
俺はどちらとも繋ぎ止めて向かい合っていけば良かったんだ。
。俺はもう間違えない。
君をずっと放さないから。
だから言わせてほしい。
そして受け止めてほしい。
俺を。俺の気持ちを。
ずっと溢れ出して抑え切れなかった気持ちを言うよ。


   


「愛してる」






…君にまた嫌な思いをさせるかもしれない。
もしかしたら泣かせる夜があるかもしれない。
でも俺は君に傍にいてほしいんだ。
君に感謝を込めて抱きしめるから。
君が涙を流す日があったら俺が拭って、笑ってと微笑むから。
どうか、隣で見ててほしい。
俺の歩んでいく道を。
そして君と歩んでいきたい。
手を繋いで、二人寄り添って。
言葉じゃ言い表せないけど、今日も明日も君に伝えるよ。
   愛してるって。


(081106)