その人の為に一生懸命に頑張って苦しんで、感情を左右されるような事、私はごめんだ。
その人しか見えなくなって、その人に没頭していく。
そんな姿は私にとって呆れる対象でしかない。



「…って、君に言ってるわけですよ。ふじがやたいすけ。」

「えー!何で何で!?いい事じゃん!?」

「馬鹿じゃない?ってか馬鹿。」

今藤ヶ谷は伊達眼鏡かけて分厚い難しそうな本を読んでる。(…読んでるって言うか…眺めてんじゃない?)
藤ヶ谷は私に返事をしてまた本に視線を戻す。
私はイチゴ・オレを呑みながら見守る。

「―――…(ほらまた頭かくってなった…)」

「…はッ!…、この本面白いよねほんと」

「無理すんな藤ヶ谷。今絶対寝かけてたでしょ」

「え、別にそんな事…!!!」

必死に言い訳する藤ヶ谷が何でこんなことしているのかというと。
一昨日が「知的な人ってかっこいいよね」って言った事が原因。
このお馬鹿な藤ヶ谷は普段絶対読まないような本を図書館で借りて、
わざわざ伊達眼鏡買って、大事な休み時間を潰してるわけ。

「そんなことしてもは見てないですよーだ」

「そんな事ない…!さっきちらって俺のほう見たし!」

「ごめんねー。私に「藤ヶ谷君どうしちゃったの」ってアイコンタクト送ってきたのよー。」

「それって俺のこと気にかけてくれてるって事じゃあ…!」

「はいはいー。(は横尾にメロメロなんだよ!言わないけど!)」

「俺頑張る…!!!」

「なんで好きな人の為にそこまで頑張れるのかな、」

「えー?好きだから?じゃない?」

「読めない本読んで?食べれないもの食べて、できないことしようとする。…そこまでする必要、ある?」

はそこまでしようって思える人、いないの?」

「…いないに決まってんじゃん」

「……そっか。」

そのとき藤ヶ谷が見せた笑顔はなぜかとても悲しそうで、(やめてよ。何でそんな顔するのよ)
…少し胸が痛んだ自分に、驚いた。
…多分、いつも馬鹿みたいな顔して笑う藤ヶ谷を見てるから、そんな笑顔を突然見たから、痛んだだけ。
多分。―……きっと。

「…私、次サボるから」

「え、?あ、俺もいく…!」

「知的な人は、サボったりしないよ?」

ね?と藤ヶ谷に言い聞かせた。
少し間を置いて分かった、行ってらっしゃい!と笑った藤ヶ谷に胸がときめいた。(そんなの嘘、だ)
携帯をポケットに突っ込んで、チャイムと同時に屋上へ行った。



「―――…意味わかんないッ」

屋上の扉を乱暴に閉めてそのまま扉にもたれかかる。
藤ヶ谷の笑顔に気持ちが左右されるなんて。
私からしたらあいつは友達で、あいつからしたら私は好きな人の親友。
ずっとそう思ってたし、こんな気持ちになんなかった。

「気のせいに…決まってる。」

ずるずるとゆっくりしゃがみ込んで腕に顔を埋める。
そうだ。気のせい以外のなんでもない。
きっと今日は具合が悪いのかも、

「何が?」

思考はそこでストップされ肩がビクッと跳ねた。
勢いよく顔を上げると北山がいた。

「き、北山…。いつからいたの?」

「最初から?寝てたけど誰かさんが乱暴に閉めたドアの音で起きちゃったわけ。」

「え、あ…ごめん」

北山は別に、と短く答えて私の腕を引っ張った。

「う、わ!危なッ!なにすんの!」

「お悩みことなら聞きますけど?」

不敵にフッと笑って私をフェンスの前まで引っ張っていった。
私の腕を突然離すとフェンスの前に座って隣に座れ、と合図してくる。
仕方なく隣に座った私に北山は面白そうにどうしたわけ?とか聞いてくる。

「……北山に話す事なんか、ないし」

「藤ヶ谷関係、とか?」

藤ヶ谷、と言う単語を聞いてぴくり、と反応した私を見て北山はくっ、と笑った。(悔しい…!!!)
藤ヶ谷が、どうしたわけ?としつこく聞いて来る北山に私は諦めて話し出した。

「…藤ヶ谷の悲しそうに笑う顔を見たの。」

「で?」

「…で、嫌だなあ、って思ったりその後いつもの笑顔見たらときめいたり?しちゃってさ。
私は基本、他人に感情を左右されたりして生きていくなんて嫌だって思ってるの。」

はさ、藤ヶ谷に気持ち左右された時嫌とか思ったわけ?」

―――――…嫌?
私が思ったのは、意味が分からないって言う事と、…藤ヶ谷に対する心配の気持ち、だけ。
何かあったのかなとか意味もなく気になって、藤ヶ谷は笑ってるほうが良い、なんて思ったり。
私は、あのとき…

「嫌じゃ、なかったよ…?」

「じゃあ藤ヶ谷のこと好きってわけか」

「…そうなのか、な……はあ!?好きぃ!?」

「うっせぇよ!」

「あ、ごめん。…てか私が藤ヶ谷を好き!?いやないない!」

「言い切れるのかよ」

「…でも藤ヶ谷は、が好きで、」

「そう言っていつもストッパーかけてたんじゃねぇの?」

「え…」

「自分に言い聞かせて、好きにならないようにしてたんじゃねぇのかよ」

「ち、違う…!」

否定し続ける私に北山は溜息をついて携帯を開いて誰かにメールを送っていた。
メールを打ち終わり携帯を閉じた北山は私の頭をぽん、と叩いて屋上を出て行った。

「…一体なんなの」

北山の出て行った扉を見つめて再び腕に顔を埋めた。
私が好き?藤ヶ谷を???
ありえない…。
否定しながらも頭に浮かんでくるのは藤ヶ谷の顔で。
頭がいっぱいいっぱいだった。
そのとき、扉が開く音がした。
北山が、戻ってきたのかな。

「北山?」

顔を上げると、……藤ヶ谷がいた。

、」

「…なん、で?」

「北山からメール来たんだけど。が屋上で待ってるって。」

「はあ?(…あの馬鹿ちび!!!)」

戻ったら殴ろうかな、とか思ってたら藤ヶ谷が隣に座ってきたから驚いて少し横に移動した。
…思えば、今はまだ授業中じゃないのだろうか?

「…藤ヶ谷?授業は?」

「保健室行くって抜け出してきた!」

「…知的な人がサボっちゃいけないんだよ」

「別にいい!」

「…何で?の理想の人になるってあんなに頑張ってたじゃん。」

ちゃんの理想の人になれなくても、俺は別にいいわけ!」

「…なんで?藤ヶ谷にとってそのくらいの感情だったの?(冷たい言い方。来てくれて嬉しいくせに。)」

「…、俺今から真面目な話するから…聞いて?」

「何?恋の相談?」

「違う…。相談じゃない」

「じゃあ何?北山の愚痴?千賀の笑える話?」



「それとも玉森の、」

「ちょっと黙ってて」

藤ヶ谷の真剣な顔に黙ってしまった。
…怖い。本当は、怖いの。
北山から私は藤ヶ谷のこと好きって聞いて、…断りに来たんじゃないかって。
俺はちゃんが好きだから、ごめん。って言われそうで。怖くて怖くて。
話を逸らしたくてしょうがない。…逃げたくて、しょうがない。

「俺さ、」

「ふじがや…!あの、さ。私もう戻りたいなって、思ってね…」

。お願いだから、聞いて?」

「わ、たしさ、おなか痛くなっちゃった…!あは、ジュース飲み過ぎ、かも…ッ」

目の前が歪んで、ぽとり、とコンクリートに黒い染みが出来た。

「…?」

やだ、やだ。
藤ヶ谷が見てる。
零れないでよ。溢れないでよ。
振られるのが悲しくて…泣いちゃうなんて…みっともないよね…。
こんなにも、こんなにも藤ヶ谷が好きだったんだ。
気がつかないうちに好きになっちゃってて、好きって気がついた時にはもう、遅いんだよね。

「…戻る、ね」

早く立ち去りたくて、下を向いたまま扉へ向かった。

ッ!!!!!」

藤ヶ谷の大きい声も無視して歩く速度を速めたけど、進めなかった。
藤ヶ谷の手が私の腕を掴んでる、から。
あと少しなのに。
あと少しで扉に届くのに。

「離してよ…」



「嫌だ…ッ、聞きたくない…!!!離し、」

「すき」

見開いた私の目からぽたり、とまた一粒涙が零れて、藤ヶ谷の手に零れ降りた。
なに、こいつは今、なんて、言った?

「…俺、の事が、」

「…ッふざけないでよ!!!!!」

手を振り払って藤ヶ谷を睨みつける。
驚いたような、悲しそうな、そんな表情をしてた。

「何でそんな事言えるの!?が好きなんでしょ!?」

「違う…。俺はの事がずっと好きで、」

「…嘘つき、嘘つき。あんなに頑張ってたじゃん…。あんなに好きって言ってたじゃん。
同情でもしてるつもりなの?…これ以上悩ませないでよ・・・!!!!」

「あれは、!」

「もうほっといてよ!!!!」

一歩進むと腕を引っ張られた。
…私は馬鹿だ。
ほっといてと、自分で言ったくせに…。
これ以上悩ませないでと、突き放したくせに…。

「俺の話…聞いて」

私を抱きしめる、藤ヶ谷の腕を振り払えずにいる。
力強く抱きしめる腕の中に、居たいと思ってしまう。

「俺、ちゃんが横尾の事好きなの、知ってた」

「え…」

「…で、横尾もちゃんが好きなんだ。」

「…」

「俺は確かに前ちゃんが好きだったけど、…ちゃんより好きな人が出来た。」

「それは…いつの、事?」

「半年前くらい。」

「……の理想の人になるとか言ってたのは…ッ」

「俺のこと気にしてもらおうって、思ってたんだ…。」

「う、そ…。」

「本当だよ。に気にしてもらいたかった。俺のこと」

「半年間…ずっと?」

「うん…。半年間、俺がそこまでがんばれるほど好きな人は…なんだ」

「ふじ、がや…。」

「今まで嘘ついててごめん…。ちゃんじゃないんだよ。ずっとずっと、言いたかった。
…俺は、が大好きです。」

…止まらないよ。
ぽたぽたぽたぽた、涙が溢れて藤ヶ谷の制服に染みを作る。
嬉しい。嬉しい。

「…、俺と付き合ってください」

「――…藤ヶ谷、」

「こんな、しか見えなくて、に感情を左右されてる俺は、呆れる対象、かな?」

「…ううん、私も…ッ、藤ヶ谷に振り回されっぱなしだもん。…大好きだよ」

「――…半年間、待った甲斐があった〜!!!!」

確かに、半年間越しの藤ヶ谷の作戦にまんまとはまってしまったね。
本当にあんたは侮れない奴!

騙され続けた半年、
(騙してくれたおかげで、本当の気持ちに気付いちゃったじゃん)

(081009)