いつも見ている茶色い髪の毛を見つけて傍に寄れば、血の匂い。
「てつろーまた喧嘩ですか」
「あ、―!おはよう!にゃー☆」
「おはよー」
周りに何人も倒れているこの状況で挨拶する姿は変だろうなあ。
そんなこともいつもの事で慣れてしまった。
「あ、ゆーやもおはよ」
「俺はおまけかよ」
「あはは…。」
「いや、否定しろよ」
ゆーやとてつろーは中学からの同級生。
まああと2人いるけど。
「いやー彼氏しか目に入らなくて」
「にゃー☆朝から可愛すぎ」
抱きついてくるてつろーの頭をぽんぽんしてたらゆーやにバカップルって言われた。
ってか本当に変な光景…。
「てつろーゆーや、場所移動しようよ。」
「だなー。こんな所で抱き合ってるお前ら可笑しすぎだし」
「どうかーん」
てつろーと手を繋いで歩いてたら窓ガラスが割れた。
「やー今日もみんな元気だよねぇー」
「だにゃー」
「てつろーも元気ですねー」
「ですにゃー」
私たちが廊下に行くと近くにいた奴らが道を開ける。
歩きやすいよなってゆーやが口角あげて言ってた。(ゆーやの笑い方かっこいい)
野球部=不良
もうそんなイメージが染み付いている。
まああれだけ毎日暴れて好きなことやってそう思われないほうが可笑しいけど。
だからこいつらとつるんでる私も同じ扱い。
「ともちー達おはよー」
「ともちーって呼び方やめろっつってんだろ!」
「やーごめんともちー!」
「てめぇ…ッ!」
「若菜ー俺の彼女苛めたら駄目にゃー!」
「てつろーかっこいーにゃーがなかったらもっとかっこいー」
「…バカップル。」
「若菜、行こーぜ」
「おー」
「あーてつろー置いていかれる!」
さっきと同じように手を繋いで部室へ行く。
部室の前にいるみこっちゃんに笑顔で挨拶して扉を開ける。
扉を開けると煙草と酒の匂い。
ああ、落ち着く。
こいつらがいて、私がいる。
大切な居場所。
制服に染み込んだ酒の匂いだとか煙草の匂いだとか、
拳に付着してる血だとかも私の心を落ち着かせる。
こいつらが傍にいるって思える。
ずっと変わらない、永遠の絆。
――――…だったの、に。
川藤、川藤、川藤川藤川藤
お前の、せいで、お前のせいで皆変わってしまった。
ねえ、あんなに好きだった酒と煙草の匂いがなんでしないの?
ねえ、喧嘩も毎日やってたじゃない。なんで、しないの?
ねえ、なんで今更、野球…やってるの?
なんでそんなに笑ってるのよ。
哲郎。ずっと傍にいてくれるんでしょう?
「哲郎…ッ。なんでそんなに遠いのよ…」
あいつらが野球をはじめて1週間がたった。
「…おはよう、にゃー」
「うん、おはよ」
変わらず朝迎えに来てくれるし、話もする。
でも手はつなげない。キスは出来ない。前みたいに楽しく居られない。
わかってる。哲郎は悪くないって。
悪いのは、夢を追いかける哲郎を応援できない私。
前を進んでる哲郎の背中をただ眺めていることしか出来ない私。
「、」
「…ん?」
「ごめん…」
「なん、で哲郎が謝るの?」
「俺、ずっとの傍に居るって言ったのに」
「居てくれてるじゃん。ね?」
「一緒に居るのに心が傍にないって、辛いよな」
辛そうににこ、と笑う哲郎に胸がズキズキ痛んだ。
やっぱり哲郎はわかってるんだね。
「―…てつ、ろう」
「本当にごめん…。今まで、ありがとう」
待って、そう言ったつもりだったけど声が出なかった。
哲郎の背中は遠ざかっていくばかり。
私は、私は貴方が好きなのに。
今までありがとうなんて言葉要らないよ、ねえ。
言葉の代わりに涙が溢れて、嗚咽だけが音になる。
「…、?」
後ろから声をかけられても振り返ることが出来ない。
ただ溢れる涙を拭うのに必死だった。
「!」
肩を掴まれ、見上げると、優也が困った顔して立ってた。
「ゆ、…や。ッ、優…也ぁ…」
「…まさか、湯舟に…」
「わた、し…どうしたらいいの…?どう、したら…ッ」
「とりあえず泣き止めよ、な?」
「てつろ、うの事ッ、す、き…ッなのに…」
止まらない涙を何度も拭っていたら優也が優しく頭を撫でてくれた。
そのお陰だと思う。数分たって泣き止む事が出来た。
「落ち着いたか?」
「うん…。でも優也朝練あるんでしょ?もう、いいから」
「朝練ぐれぇ、良いよ」
「行ってよ」
「いかねぇ」
「行ってよ!」
「いかねえって言ってるだろ!」
「ッ…。」
「泣いてたお前を、ほっとけるわけねぇだろ」
「―…ありがとう」
優也は私の手を引っ張って土手に行った。
「湯舟と、別れたんだろ?」
「…ん」
「はそれでよかったのか?」
「よくないに決まってるじゃん…。でも、」
「でも?」
「皆変わっちゃたんだもん…。優也も」
「…。」
「悪いって言ってるんじゃないよ?いい事じゃん。
なんかさ、あの日々を手放すのが嫌だったの。…まあ今となっては全部ないけどね」
「そんなことねぇよ」
「そんなことあるよ。大切な仲間も、日々も、幸せも。なーんにもない。
――…まあ、もういっかなって感じ!全部無くたって私はこのまま生きていくだけだし!」
ね!と優也のほうを見れば、強がるなよって言われた。
「は、強がってないし…!」
「強がってるだろ?絶対に失いたくないものが、たった1つ、あんだろ?」
「べ、つに私は…」
「今も心の中で求めてんだろ?失いたくないって、心が叫んでるだろ?」
「…ッ…私、は」
「如何するかは、お前次第だよ」
こつん、と私の頭を小突いて優也は学校へ行った。
「如何するかは、私…次第」
優也のお陰で気がつけた。
私、決めたよ。私は――…、
「今日から、野球部のマネージャーをする事になりました。…よろしく!」
ゆーや、ありがとね。
私は決めたんだ。私も、変わってみようって。
ゆーやのお陰で、決心できたよ。
「…」
失いたくなかったの。どうしても。その失いたくなかったもの、それはね…
「…てつろー、」
てつろー、貴方です。
「私、てつろーの事…失いたくないんだよ…。
好きなの、好き、大好き。別れるなんて、嫌だよ…ッ」
「―…俺も、の事、大好きだから…別れたく、無い」
皆の視線が集まってるのも関係なしに抱き合った。
背中に回された手も私の名前を呼ぶ愛しい声もにこりと笑うその顔も、
ぜんぶもう離さない。
「ずっと、隣に居て、にゃー…?」
欲しかったのはその言葉。
(そのあと久々に皆からバカップルって言われた)(ここが新しい私の居場所、)
(080831)