「(…あ、)」

ちりん、と控えめに鳴ったドアのベル。
1人の男の人が入ってきた。
その人は私の働いているカフェに毎週土曜日、決まって現れるその人。
毎回サングラスをかけていてよく顔も見えないし、
もちろん名前すら知らない。
いつも決まった日にち、決まった時間に1人で現れる彼は私の印象に深く根付いていた。

「…いらっしゃいませ。」

「珈琲ください」

「かしこまりました。」

この時間帯働いてるのは私だけ。
今の客はこの人だけで必然的に2人きり。
こういうときが一番苦手だ。

「珈琲です」

「どうも」

「ごゆっくり。」

にこり、と笑みを見せてカウンターへ戻った。
これからこの人が帰るまで如何しようか。
小さく溜息をつき外を見ると雨がぽつぽつ降り出していた。
しばらくそれをボーっと眺めていた。
――――――……暇、だ。

「あの、」

いきなり声をかけられた私はびくっ、と体が跳ねた。
彼のほうを見ると少し周りを見渡して言葉を言うのを戸惑ってるようにも見える。

「ど、どうされました…?」

「えっと…、変な質問ですけどジャニーズとかに詳しかったりします?」

「はい?」

「ジャニーズ。」

「え、ジャニーズ…は、すいません。そんなに知らないんです」

「じゃあKAT-TUNとかは…?」

「へ、かつ、かつーん?いや、え、かとぅーん…?」

初めて聞いた単語に戸惑う私に目の前の彼はくすり、と笑った。

「えっと…ジャニーズが、どうかしたんですか???」

「いいえ、ちょっと確認って言うか。」

「?」

意味がわからない彼の言葉に心の中で首を傾げた。
私は返す言葉が見つからずその場に突っ立ってる事しか出来ない。

「あ、」

彼は不意に言葉を発し、何かをちょい、と指差した。
その方向を見ればエプロンにつけてる名札。
彼はそのまま名札を少し持ち上げてふーん。と呟いた。

さん」

私の名前を呼んで、サングラスを外した。
彼に名前を呼ばれた瞬間、彼の顔を一目見た瞬間、心臓がどきん、と跳ねた。
…何、これ。
店内に流れていたクラシックも窓を叩く雨音も、全部全部聞こえなくなって、
彼の声だけが響いて、私の心を渦巻かせた。

「俺は、上田竜也。」

名札から目を離して私と視線を合わせる彼を見つめていた。
彼の瞳に吸い込まれるかのようにただ、ただ彼から目を離せずにいた。
――――そんな、恋の始まり。